映画 「シャンハイ」 残念ながら駄作。本年観たワースト映画です・・・とほほ。 [映画]
自称映画ファンのワタクシ、大不評の映画で、実際に観て「ひでえなあ」と思っても、上から目線でけなしたり、おとしめたりするのは気が引けるわけです。だって、どんな映画も作り手は熱意と努力をつぎ込んだ(はず)ですから・・・そんな建前発言の一方、「1800円払うからには、最低限の水準はキープしてほしい」という本音もありますね。
本日、ご紹介する「シャンハイ」という映画。
残念ですが、ずばり、ひどい映画、ひどすぎる映画です。未見の方に先入観を与えたくないですが、チケット代が500円としても、ご勘弁いただきたい低レベル。大戦前夜のシャンハイを舞台に、ある女性の悲劇が描かれます。しかし、本当の悲劇は、1800円を払った観客に降りかかった、といえましょう。
「シャンハイ」は今年観た映画のなかで断トツのワースト作品です。なお、ワースト2は「ザ・ライト エクソシストの真実」なんですが、なんと同じ監督の作品です。うわあ、なんなんだ、この一致は!
シャンハイ 2010年米
監督 ミカエル・ハフストローム 出演 ジョン・キューザック、コン・リー、チョウ・ユンファ、渡辺謙ほか
観終わって、あまりにもガックリきたので、何も書く気が起きない映画ですが、一応ワタクシなりに「何が悪かったか」を考えてみたいと思います。
まず本作のあらすじです。舞台は1941年の中国上海。大戦前夜のシャンハイには不穏な空気が充満しています。支配を強める日本軍、日本軍に抵抗する中国レジスタンス、そして列強国のスパイ達が暗躍しています。さて、アメリカのスパイ、トニーが何者かに殺されます。殺人犯と背後の真相をさぐるべくトニーの親友ポール(ジョン・キューザック)が、新聞記者(じっさいはアメリカのスパイ)としてシャンハイに派遣されます。
ポールは地元の実力者ランティン(チョウ・ユンファ)とその妻アンナ(コン・リー)と知己を得ます。実はアンナは日本軍に抵抗する組織のキーメンバー。日本軍の将校、田中(渡辺謙)は抵抗組織を根絶やしにするべく、行方不明になったひとりの女(菊池凜子)を探しています。彼女はすべてを知る女・・・抵抗組織と、日本軍の間で、彼女をめぐる「戦い」がはじまります。
一方、ポールは親友の死を調査するうち、日本軍の大きな「計画」を知ることになります。こうして、映画は複数の登場人物の思惑を軸にして、悲劇の結末へと突き進んでいくのです。
・・・と聞くと、なんとな~く異国を舞台にしたスリリングな群像劇を想像するでしょう。
とんでもございません!登場人物はステレオタイプに「役を割り付けられた」かのごとく、奥行きがまったくありません。ジョン・キューザックは、世界崩壊パニック映画とおんなじ”能面演技”をご披露、コン・リーはもったいつけてるわりに芝居は一本調子(ジョン・キューザックの病気がうつった?)で、結局は「ただの浅はかな女」だし・・・。スリリングどころか、映画に感情移入できないのです。救いといえば、日本軍将校を演じた渡辺謙さんの熱演くらいでしょう。存在感じゅうぶん、お一人で気を吐きましたね。
何から何までひどいので、思い出すだけで疲れますが、出来事のうわっつらをなでた平板な脚本は大問題。眠気を催すに低レベルに加えテンポの悪いこと。こうゆうのを「観客をバカにした本」というんですよね。
日本軍に疑われ(かつ夫にも疑われ)監視されているアンナが自由に(?)活動する「無理」を、どう説明するのか?事件に深入りしたポールは、トニーが殺されたのと同じ理由で殺されて仕方ないはずなのに、どうして生きながらえているのか?そして田中の言動ときたら支離滅裂ではないか?要するに、ストーリー以前の「設定」がユルイんです。
それ以上にひどい点は、魔都と呼ばれたシャンハイの混沌とした空気、一触即発の緊張感、不安感・・・これらが画面から全く感じ取れないこと。街の俯瞰シーンもほとんどなく、やたら登場人物をアップで撮るために、場面に広がりがありません。あえて「閉塞感」を表現しているのかといえば、そうではない。
舞台は中国でも、アメリカのスタジオでテキトーにセット組んで撮りました、あはは・・・というキッチュでチープな仕上がりは噴飯ものです。まじめに映画の途中で、頭が痛くなってきましたね。
作り手を弁護するとしたら「予算の関係」と想像するしかありません。大スターを並べた結果、出演料だけで膨大な出費となり、シャンハイの俯瞰シーンも撮れず、雰囲気を醸し出すセットも組めなかったんでしょう。もしそうだとしたら、存在意義が不明の添え物キャラ=チョウ・ユンファ演じるランティンなど、まるごと削ればよかったんです。
戦時(または戦前&戦後)の”不安な空気”を表現した名作は、過去にいくらでもあるわけです。たとえば同時期の中国を舞台にしたアン・リー監督「ラスト・コーション」(2007年)。トニー・レオン、タン・ウエイの究極演技が注目されますが、なんといっても時代の空気感が見事ですよね。ベルナルド・ベルドリッチ監督の「1900年」「ラスト・エンペラー」も素晴らしい。70年代だとビスコンティ監督「地獄に堕ちた勇者ども」が圧巻でした。73年にはシャーロット・ランプリングが究極の狂気を演じた「愛の嵐」がすごかった・・・・。映画の出来を決定的に左右するのが、戦争にからむ抑圧感や不条理だとしっかり認識し、重要視しているから名作となりえたわけです。
どうして、「シャンハイ」製作スタッフは、過去の名作を参考にもせず、高額ギャラ俳優を「並べただけ」の駄作を作っちゃったのでしょうか?主演がジョン・キューザックというだけで「終わったな・・・」という予感はしてましたが、ここまで、その通りとは。ある意味、確信犯かい?
いやはや、いまどき珍しく「作り手にこだわりのない映画」でした。どうせなら、主人公がエイリアンだった、とか、すべては渡辺謙の睡眠中の「夢」だった、とか、大逆転のオチをつけてほしかったなあ。いくらなんでも、それは無理か、あははは。では本日はこのへんで。
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